佐世保市長選挙 「あたたかく平和な佐世保」

「市民市長」による改革で世の中を良くする

 

 3回目の立候補をします。これが私の志、支えてくれる市民の力です。

少子・高齢・低所得社会の今、「時代にあった改革」を行い、「あたたかく平和な佐世保」を実現したいと思います。

「誰が市長になっても変わらない」と言う人がいます。変わらないのは反対を恐れて改革しないからです。どんな改革にも、反対する人がいます。「次も当選したい」と思えば、反対をおしきって改革することはできません。

私は前回のように「市長の再選を禁止する条例」を提案します。4年交代の「市民市長」です。任期の4年間、次の選挙を気にせず、反対を恐れずに改革していけば変わります。

4年で何がやれるか」と言われそうですが、良い政策なら次の市長が引き継ぐでしょう。

私は一市民なので、金のかかる選挙はできません。必要もありません。同じような候補者が争うから、金のかかる選挙になります。私と現市長は正反対です。私の主張はマスコミ報道やインターネットなどで伝わります。

自民党の「政治屋・選挙屋」市長ではなく、ふつうの市民が「市民市長」になり、改革を続けて世の中を良くしていく。そういう道を開きます。

<政策と主張>

原発事故を防ぐ。年10回も寄港する原潜・原子力船に反対し、玄海原発(佐世保

 から30キロ圏)の廃止を求める。米軍に原潜事故の被害予測(想定内・想定外)を

 求め、放射能事故訓練を再検討する。

  

国・県・市の借金は市民1人700万円。このままでは、子供たちは高額の消費税・所

 得税を取られ、生活できなくなる。借金をつくったのは自民党の政治家と支持者。借

 金は子供にまわさず、借金した世代(今の大人・高齢者)が解決せよ。

  

子は宝。しかし高校大学を出ても就職はむずかしい。これからの苦しい時代、助け合

 う「やさしい心」、生き抜く「強い心」、世界に負けない「学力」。それを育てる保

 育・教育政策を充実します。

  

石木ダムの建設費は借金、水道代の値上げになる。いらん。節水と我慢。

  

ゴミは無料。「有料にしてゴミ減らし」は達成されており、もう減らしようがない

 

通学・通院・買物の交通確保のため、バス・鉄道・船・タクシーの役割分担を行い

 統一時刻表を作る。

 

民家を借り、改修して市営住宅をふやす。他人との共同生活(ルームシエア=家賃

 の分担)、ペット生活もできるようにする。

 

ハウステンボスには巨額の税金を与えながら、市民には厳しい取立て、差押さえ。

 市民も職員も苦しむ冷たい市政はやめる。

 

ワークシエア(労働時間と賃金の削減・仕事の分ち合い)で雇用をふやす。人件費

 をふやさず、ワークシエアで市職員の採用をふやし、効率的な働き方を広げる。

 

農林漁業は「生活できないから子供には継がせたくない」ので衰退している。だが

 イノシシが激増し、韓国から密漁に来るほど豊かな自然。やがて若者が見直し、か

 えってくる。その時のために土地ごとにちがう生産技術・用具や知恵を集め、旧町

 村ごとに産業資料館をおいて継承展示する。

 

災害時救援協定、民泊協定をむすぶ。相手は玄海原発に近い唐津・伊万里、火山災害

 をかかえる大分県九重町(=姉妹都市・温泉地)など。災害救援船の建造を求める

 (医療・長期多人数の宿泊・造水・発電・通信などの機能)。

いつもどこかで悲惨な戦争をおこしている米軍。その佐世保利用を断わる。大震災

 の「この際」、米軍基地をなくすよう求める。地震がなく港湾施設のある基地跡地

 に、被害者や工場を受け入れ、戦後の悲願・平和産業港湾都市をつくろう。

 

 

原発事故問題

原発事故防止

 佐世保市は被爆県で長崎プルトニウム原爆の被爆者が多い。私のまわりでも、戦後何十年たっても死んでいく人が続きました。今も、白血病などで苦しんでいる人がいます。そのため原子力や放射能の危険は、佐世保ではよく知られています。今度の原発事故でも、東京などから子供をつれて実家に帰ってきた人が大勢います。

1964年に始まった原潜入港には、市民の強い反対がありました。今も月1回は入港する原潜は、何度も異常放射能事故や火災をおこしてきました。しかし米軍も政府も実態を隠したままです。今の避難訓練で十分とは、とても思えません。

私は原潜・原子力船の入港に強く反対します。また関係自治体と協力し、30キロしか離れていない玄海原発の廃止を求めます。

 

②安全安全と言い続けてきた自民党の責任は?

原潜や原子力空母入港のころ、自民党や入港賛成の人々は、「原子力を恐れるのは、火をおそれるケダモノのようなもの」と宣伝していました。放射能もれ事故をおこした政府の「原子力船むつ」を誘致した市長もいました。この市長は「佐世保を原子力船のメッカにする」と宣言し、新幹線を佐世保ルートにする念書をもらってきました。

しかし市民の反対意見も強く、「原子力船の入港に反対する条例請求運動」が発展しました。結局、原子力船むつは廃船になり、佐世保は原子力船のメッカにはならず、新幹線佐世保ルートの念書はカラ約束に終わりました。これらを行なってきた人たちに育てられたのが現市長です。また、原発は安全、安全、と言い続けて今日の事態をまねいた自民党の責任はどうなるのでしょうか。

 

③被害者、工場をうけいれ復興を

 原発災害にあった福島県は東京にちかく、自動車関連工場や住宅機器工場などモノ作りの工場がたくさん立地していました。これから工場再建となります。佐世保は有史以来、被害が出るほどの地震はありません。また日本の西端です。偏西風が吹いているので東日本から飛んでくる「死の灰」の量は日本最少のはずです。

「この際」(関東大震災時の合言葉)、各方面から基地撤去の同意をえて、被害者支援と産業復興につくすべきです。針尾の米軍用住宅には被害家族を迎えることができます。佐世保の港湾施設は産業復興に貢献できます。崎戸・大島や県北の広大な炭鉱跡地は産業適地です。戦後佐世保の悲願である平和産業港湾都市を実現し、復興につくしたいと思います。

 

④救援協定と災害救援船

 佐世保には「走る原子炉」の原潜がいつも入港してきます。港内にはいくつもの巨大な弾薬庫、石油タンクがあります。しかし軍事機密として隠されたままです。

これらの撤去要求が実現するまでは、防災と避難体制作りに努力せねばなりません。まず事故の被害予測(想定内)を公表するよう求めます。また「想定外」の事態について検討をすすめます。それから本格的な避難計画と防災訓練です。

また玄海原発をかかえる伊万里・唐津、火山災害をかかえる姉妹都市の九重町と災害時救援協定をめざします。体育館に大勢が暮らすのは、見ていても辛いものです。あらかじめ民泊できる家を募集・登録しておいて、災害時に利用できるシステムが必要です。

災害救援船は、こういう大災害のたびに案が出ては消えていきました。大型フエリーに医療・宿泊・発電・造水(海水淡水化)・情報などの機能をもたせた船です。ただちに行動できる高速の救援船から、何ヶ月も大勢の被害者を収容できる大型船まで、いくつか必要です。日本だけでなく、世界中で災害はおきていますから、今度こそ実現させたいと思います。

 

潜水艦隊の誘致問題など

 佐世保は出入り口が一ヶ所しかなく、隠密行動の潜水艦には不向きの地形なので、海上自衛隊は配置していません。そのうえ復興を最優先せねばなりませんから、艦隊増強どころではないはずです。 針尾島の「あくの浦湾」を埋めて弾薬庫を作ろうという計画も同じです。もともと「あくの浦」は冬も霜が降りない市内最高の農地でした。これから食料確保、産業復興が課題です。民家に近く危険な前畑弾薬庫も、港に面しているので立派な住宅地、産業用地になります。早急な返還を求め、「あたたかく平和な佐世保」をめざします。

What's New

ここには全ページに

共通の項目が表示されます。

 

<利用例>

What's New!

 

<利用例>

お問合わせはこちらから